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光の日本画家奥村厚一展 ~京都・鉄斎堂のコレクションを中心に

京都に生まれ育った日本画家=奥村厚一。戦後間もなく、秋野不矩、上村松篁らと創造美術という団体を結成し、 「世界性に立脚する日本絵画の創造」を目標とした。その作品は、間違いなく日本画が応用芸術から純粋芸術を目指した、明治以降の苦悩の歴史の、ひとつの回答を提示している。 と同時に、日本の四季の風景をてらいなく描いた作品は、多くの人々を理屈抜きに楽しませる、普遍性と平易な魅力も湛えている。日本画の風景画において、同じく日本の四季を描いた東山魁夷の半歩先を、奥村画伯は歩んでいたと言えるのではないだろうか。 今回は、長年画家との親交もあった京都のギャラリー=鉄斎堂のコレクションを中心として、東京で初めて画家の全容をとらえたギャラリー展の開催となる。

奥村厚一プロフィール
(1904年(明治37年)7月1日 – 1974年(昭和49年)6月25日) 京都市北区生まれの日本画家。
主に風景画を得意とし、大きな作品はもとよりスケッチも 味わい深い。1946年(昭和21年)第2回日展において「浄晨」が特選。 1923年(大正12年) – 京都市立絵画専門学校(現:京都市立芸術大学)入学 1928年(昭和3年) – 京都市立絵画専門学校卒業、同校研究科へ進学、西村五雲に師事。 1929年(昭和4年) – 第10回帝展「山村」が初入選。 1946年(昭和21年) – 第2回日展において「浄晨」が特選。(現在 東京芸術大学美術館所蔵) 1948年(昭和23年) – 山本丘人、福田豊四郎、秋野不矩、上村松篁ら13人のメンバーで 創造美術 (現 : 創画会)を結成。 1960年(昭和35年) – 京都市立美術大学 (現:京都市立芸術大学)教授 1971年(昭和46年) – 嵯峨美術短期大学 (現 京都嵯峨芸術大学短期大学部)教授 1974年(昭和49年) – 京都市立芸術大学 名誉教授、6月肝臓疾患のため死去 1976年(昭和51年)- 奥村厚一遺作展を京都市美術館にて開催

INFORMATION

会 期: 11月23日(金・祝)~12月2日(日)11:00~18:00

会 場: ジ・オブセッションギャラリー
〒150-0033
東京都渋谷区猿楽町29-10 ヒルサイドテラスC-25 TEL:03-5489-3686

主 催: BSフジ 企画:Zeppライブ/アートオブセッション